葬儀が始まってしまったら

葬儀が始まってしまったら考える余裕はありません

数年前に喪主となって葬儀をとり行った感想としては、「葬儀が始まってしまったら考える余裕が全く無い」ということです。

 

父の余命が僅かであることが分かった段階から、本来であれば葬儀に関しての知識を身に付けておくべきだったのですが、心のどこかで「もしかしたら持ち直すかも知れない」と期待していて、葬儀に関して勉強することが、どこか父のことを諦めてしまっているような気がして、なかなか勉強をする気になれずにいました。

 

しかし、その葬儀は急にやってきました。

 

気が動転したまま病院に走り、病院に到着した瞬間に父が他界したことを知り、悲しむ暇もないくらいのタイミングで「父を家におくるのは病院と提携している葬儀業者さんに任せてよいか?」について決めなくてはいけなくなり、そしてスグにその葬儀業者さんに引き続き任せて葬儀をとり行うか?

 

それとも他の葬儀業者さんにお願いするのか?

 

を決めなくてはなりませんでした。

 

通常の生活シーンであれば、色々な葬儀業者さんに会って、担当の方が一生懸命やってくれそうか、価格はどうか、など比較検討するのが当たり前ですが、そんなことをしている時間は全くありません。

 

スグにその場で判断しなくてはなりません。

 

そして葬儀業者さんが決まったら、文字通りそのまま一気に葬儀に関することを一通り決めなくてはなりません。

 

この祭壇は高いのか?安いのか?

 

いくらなんでも通夜に出す料理は多すぎないか?

 

香典返しはもっと気の利いたものがないのか?

 

いろいろ疑問に思ってもとにかく進めるしかないのが葬儀です。

 

「こんなことならキチンと勉強しておけば良かった」と、何度心の中で思ったことか分かりません。

 

今、全く葬儀について予定が無い方こそ、葬儀についての知識を学ぶのが良いかと思います。

 

「葬儀があるかも知れない」状況になればなるほど勉強する気持ちになれなくなります。

 

キチンと葬儀の勉強してその日を迎えることが出来れば、気持ちを落ち着けて送り出してあげることが出来るハズです。

 

(東京都江戸川区 犬っちさん)

 

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